2011年1月24日月曜日

■安村二郎:錦木塚伝説の変容(2/5)

尊敬する安村二郎氏の鹿角市広報掲載文です。


八十(3/10)


要  約
1,平安時代の末、前九年合戦終末期

に端を発した歌枕「錦木」「けふの細布」は、北みちのく風俗の機微を見事に表現する歌ことばとして、その後鎌倉時代・南北朝時代に及ぶ三百数十年間、多くの和歌集・歌学書に連綿と歌いこまれてきました。

・しかし、意外なことに、その長い間、一体歌枕の地とは何処をさすものかなど、具体的な特定はほとんど無かった。
・例えば藤原行家「みちのくのけふの郡に織る布の狭きは人の心なりけり」


2,室町時代初期、世阿弥により、

謡曲「錦木」が作られた。出典は「袖中抄に記された=錦木伝説に細布伝説を織りまぜたもの」としている。

・こ謡曲「錦木」の中の用語が、そのまま近世の錦木伝説に移されているものに、狭布の里、狭布の細布、涙川、錦塚、松桂に鳴く梟、蘭菊の花、狐住むなる塚などがある。
・また間狂言の、鳥の羽根にて布を織り、幼な子をさらう鷲・熊鷹への呪法とするという場面はその通り伝説に取り入れられて、江戸期の錦木伝説が多く謡曲「錦木」に基づいて語られている。

3,なぜ世阿弥が

室町時代に至ってまで謡曲「錦木」が京都の世阿弥の手に成ったのか。

・その背景を想像するに
歌枕発祥の地京都と南部氏の関係は、南部氏が津軽を支配したころ、南部氏は全国第一の馬の大名となり「公方お召の御馬」進上を果たすことで、諸国守護と同格のとなり京都御扶持衆として、たえず上洛、能楽師との交流もあったと想像される。













































八十一(4/10)





























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■安村二郎:錦木塚伝説の変容(1/5)

安村二郎さんのシリーズ「錦木塚伝説の変容」を掲載します。(鹿角市の広報掲載)
読み直してみれば、また安村さんの素晴らしさを感じます。荒俣宏さんもこれを参考にしたのではないでしょうか。

七十八(1/10)

1,要約

・鹿角は全国に聞こえた伝説の里。とくに十和田湖と八郎太郎、錦木塚、だんぶり長者の三大伝説は、ともにスケールの大きさ、史実との関連性、修験信仰との習合などにおいて、いずれも東北地方の代表的なものとの評価を得ている。

・とくに錦木伝説の特色をあげるとすれば、発端となったのは人物でなく、鹿角を含む古代みちのくの珍しい風俗・習慣ともいうべき「錦木」「けふの細布」という、歌枕そのものが主人公でした。

2,「錦木」の解釈いろいろ

①薪だとする説:毎日の薪集めは娘の持前、思う娘の手を荒らすまいとして、そっと門の外に置く  薪一束のこと(柳田国男説)
②錦木をアイヌのイナウとみ、イナウは神を招き降ろす時に立てる木幣のこと(金田一京助説)
③いずれにしても、錦木とは色どり飾った木を求婚の印に女の門に立てたもの、女に承諾の心あ  れば家の中に取り入れ、その心なければいつまでも門の外に晒すという、文字を知らぬエミシ社  会の風俗であった。

3,「けふの里」の解釈
北地の防寒具、平安後期のほとんどの歌学書には、けふの細布とは機はりせまき布、鳥や兎の  毛を織り込んだ布。小袖のように下に着るもので、胸まではかからないもの。

4,平安貴族の好個の「歌枕」となった。
①「錦木」・・・みちのくの鄙びた風俗である錦木仲人木としてたてる求婚法
②「けふの細布」・・・細布の幅が狭くて胸が合わないという悲恋のイメージ

・この歌枕が最初にあらわれたのは、能因法師「錦木はたてながらこそ朽ちにけれけふの細布むね あわじとや」、
・能因法師は前九年の役終息期・・・源氏武者が京に話を広めたと想像する。




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七十九(2/10)

要 約
1,錦木伝説の発生は

前九年合戦に重なる。源氏軍団の将兵が戦線参加のため米代川を行軍・駐屯の折に、初めてエミシ村の珍しい習俗と物語に接触し、帰京の度ごとに京都の人々に披露。

2,やがて貴族たちの関心をとらえ、

「錦木」「けふの里」が歌枕として競って和歌に詠み込まれた。

・このように歌枕的情感を込めて温かくエミシ社会を理解するということ自体、かって九世紀初頭エゾ平定の際、坂上田村麻呂将軍の助命嘆願も空しく、エゾを鬼畜に等しい存在とみる公卿たちの反対により、アテルイやモレが非情にも処刑された時代に較べ、まさにエミシ認識の革命的変化であった。

3,十一世紀半ば過ぎの前九年合戦

からわずか四十年足らず後、見事実現した王朝国家のエミシ政策転換に、実はわが鹿角歌枕こそ原動力の一つに数えられてよいようにさえ思う。

4,その後、鎌倉幕府編纂の「吾妻鏡」に

平泉二代基衡が仏師雲慶への礼物とした奥州選り抜きの特産物、円金、鷲の羽、アザラシの皮、安達絹のつぎに「けふの細布二千反」がひときわ目立ち、其の存在を明らかにしている。

5,「錦木」が再び世に現れるのは、

室町時代の初期、世阿弥の謡曲「錦木」によってでした。
しかし内容は陸奥狭布の里の地名の外、無名の男と女と旅僧三人の綿々たる語りに終始するものでした。



























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2011年1月23日日曜日

■クロマンタの麓に7つの沼が(動画)

地元の人に教えていただきました。

動画でお伝え
http://www.youtube.com/watch?v=ySGiZQLt1_w



グーグルアースが精密な画像を提供してくれます。
米代川添いのみですが。クロマンタは含まれています・・ありがたい!



















2011年1月17日月曜日

■ストーンサークル渦巻き

グーグルアースが地方までの精度アップしてきました。
大湯ストーンサークル、クロマンタの属する、米代川流域沿いが恩恵の被れます。

この図の作成方法

①グーグルアースをコピー・・・ウインドウズ(ビスタ&7)に付属しているスピニングツール(これは便利です、web上であれば何でもJPG(?)写真化できます)で切り取る。

②①をワードに挿入する(写真と同じ)

③ワード上で図形(今回は 丸)を描く、文字を入れる。

④再度、スピニングツールで取り込む。

⑤ブログに写真添付と同じ方法で下記のとおり。

どんな加工でもできますね!!これからいろいろと!!

2011年1月2日日曜日

■地中レーダーによる「遺構土は人工的」

地中レーダー調査の渡邊広勝氏のHPを改めて読みました。


ローム層での遺跡調査

1.データ表現の基本
地中探査レーダーデータ(以下データ)は、電波の地中での反射模様である。
この反射模様をパターンと称する。         1993-社・日本測量学会 Terra
これをすべて該当地の地盤状況により、調査目的を確認して分析する。
表現されるデータには、電波の地中での動きを示している。
この動きはデータ中に様々に表現される。
この中からパターンの特徴を求め反射範囲の特定、反射形態の特定をする場合が在る。
データの表現は、その土地の土質により異なり、また含水率により影響を受ける。
2.ローム層調査でのデータ
我が国の火山に隣接する表層堆積地盤の土質層は、通称ローム層(以下ローム土)である。
*電波の透過
地中探査レーダーでは、ローム土でデータに状況表現が良好に表される。その理由としては、土質の均質性が高いことにある。 また含水率も比較的安定していて、電波の透過に対して乱雑な伝播質でないことにある。
*自然生成黒色土(以下黒色土)の表現
ローム土は通常地盤では上部に黒色土がある。
ロームと、黒色土では電波の伝播速度が極めて異なる。
ロームと黒色土は、その生成過程で相互の境界を画一的な面で生成していることはまれであり、様々な要因により黒色土がローム内に浸透している。
電波の反射は、それぞれ物質の持つ電波の伝播速度の異なる境界で発生する。
室内実験のような人工的な積層では、黒色土とローム土の境界はデータに,明確に表現するため反射が発生するが、自然堆積でははっきりしていないため、データ上も境界を正確に示すことは出来ない。
*遺構土層の表現 (以下遺構土)
遺構土は主に黒色であるが、黒色土と異なる点は人工的に生成されていることであり、素材、密度なども黒色土とは異なる。 また形態も人工的に構築配置されていることである。
このため自然堆積土との間にはっきりとした境界線が出来る。
従ってこの相互間の境界では、電波の伝播に対し明快な時間差が発生する。
時間差は反射波の発生となる。反射波の発生は、データの表現体となる。
このように遺構土とローム土・黒色土との境界面は良好な反射面である。<
以上は電波のローム土内での反射の性質について示した。
ただすべての遺構土が反射を正確に示すとはいえない。
また、雑土がローム内に撹乱で混入すると、強い反射物となり状況によっては遺構と間違える場合もある。
以下特徴有る遺構土表現データを展示する。
*有機質土と無機質土
「有機質土と無機質土」の表現で、土中での電波の反射を区別することがある。
遺構土は有機質土で、ローム土は無機質土である。
この境は良好な反射面を作るため遺構調査には重要な表現である。
電波の伝播速度の違いによる反射波の発生は、土質や土地の環境経過、砂層、礫層などの粗粒子土層や粘土層、砂鉄層・人工地盤・地下構造物・廃棄物などおいても同様の反射が発生する。
調査地区によっては、地盤経年の情報収集に注意を要する。
3.ローム層における遺構
下図は、傾斜面部に形成された遺構で、図中左下写真は調査時のデータである。
下図2枚は平坦地での住居遺構である。層状部分が住居跡確認。縄文中期。

図1、図2は遺構構成地盤のデータである

2010年12月6日月曜日