にしき木というのは薪のことだとする一説が、私は当たっているかと思う。
燃料採集は女の労作の、最も苦しいものに今もかぞえられる。思う女の手を荒らすまいとして、薪は暗いうちに1束のよい木を、そっとかどの外に置いて行くというようなことは、心を運ぶ男ならば、今でもまだどこかでしているかも知れない。娘にも又その親にも、そういう親切が身にしみてうれしかったのである。或は心ざしの深さを試みるために、三日五日は取り入れずに置くことがあるとしても、それが立ちながら朽ちてしまうまで、互いに耐え忍ぶというようなことは、文学でなければないことであったろう。
だから歌枕は歌人の手にかかって、頗る誇張せられているものと私などは見ているのである。
ことに一尺ばかりの木ということなどは、都あたりの門構えから割り出した考え方であった。
カドは田舎ではただ屋外の空地を意味する。そんなちっぽけな玩具のようなものが、目についたはずは無いのであって、これも大よそ男の身のたけと、同じ長さに切ったという方が事実に近かったと思う。
恋歌が追々に才能と知識の誇りとなって、誠の類からからは遠ざかった如く、錦木のいい伝えもいつとなく、ただの風流の語り草となってしまったが、いくらえびすの国でも一生の身のきまりを、そういう遊びによって決してはいなかったろう。
今でも妹背のかたらいと恋の戯れとを、聞けない土地ほどはっきりと区別している。この二つのものの境目を不明にしたのは、寧ろ文芸の世界であったのである。
『婚姻の話』・『錦木と山遊び』より
出典:鹿角市資料館
拡大図
「娘の家の門戸に錦木を立てる男「東国名勝志」より
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(まとめ)
・錦木を薪とする説には絶対に同意できない。それは錦木は薪となるような木ではなく花木といった方がよいからである。
・後段の説は全くその通りと思います。
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