2009年2月15日日曜日

03009■日本史のブラックホール・四国



源田実氏の「日本史のブラックホール・四国」から引用  

また、邪馬台国が忘れられた理由について、大杉氏は大和朝廷の大秘密政策の存在を主 張する。


それは、白村江の敗戦と壬申の乱の後、大和朝廷が一時、信望を失い「大君の先 祖は、南海の小さな島の上で、山猿のような暮らしをしていたのだそうな」という噂が流 れたため、天皇家の本当の出自を隠すための政策が行われたというのである。


その政策は 平安時代まで続き、空海が四国八十八箇所を定めたのも、四国の霊地を訪ねる巡礼を本当 の聖域に近づけないための方策であったというのである。


大杉氏は、この大秘密政策によ って四国は「死国」にされてしまったのだと主張する。

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