2010年11月12日金曜日

■白頭山の噴火について


白頭山の噴火の詳しいデータをいただきました。

白頭山噴火に異常な兆候(こちらから

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早速、白頭山を予習しておくことに、
まずロケーション、
白頭山ネッシーが注目されています



http://i48.tinypic.com/2w6s6qu.jpg
拡大で、(Paektu-san)、
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/1c/Korea_paektu-san_locmap.png
中国と北朝鮮の国境にある、微妙なところ、
白頭山ネットから、
長白山は、中国吉林省・延辺朝鮮族自治州、同・白山市、
そして朝鮮民主主義人民共和国の両江道にまたがる山です。
休火山のため、山頂付近に白い浮石が多く分布するところから、
韓国・北朝鮮では『白頭山(Pektusan)』と呼ばれます。
北緯41度01分、東経128度05分、高さは2,744mで、
朝鮮半島の最高峰でもあります。 
(※) 本サイトは、日本の方々が現在、比較的容易に立ち入り可能な領域のほとんどが中国側にあるという事情により、原則として中国側の呼称である 『長白山』を使用しています。しかしそれは、韓国・北朝鮮での呼称である『白頭山』を否定する意図によるものではなく、あくまでも便宜的にそうしている だけであることをお断りしておきます。 
高さ2744mの休火山、
北朝鮮の最高峰、
朝鮮/韓国で白頭山
Pektusan
中国では長白山
Changbaishan、(これマメね、)
長白山の歴史
今から11000~15000年(第4紀の全新世期)前、火山は再度復活して、大量の灰白色-薄黄色の建築用浮石を噴き出し、局部の厚さは60mに達します。
この時の猛烈な火山爆発で、火山円錐柱の頂上が破裂し、陥没、カルデラ形の噴火口を形成しました。
火山の作用が停止した後で、噴火口内は 大気の降水と地下水のふんだんな補給を受け入れ、次第に水が貯まり湖となり、噴火口の湖を形成しました。 これが有名な長白山天池です。 
  
地質学の研究によると、長白山は10世紀の初頭に歴史的な大噴火をしたことが判っています。
長白山とほぼ同じ緯度にある日本の青森県から北海道にかけ、当時の地層に見られる火山灰層から、長白山の火山灰に多く含まれるアルカリ長石が多く検出されています。季節風に乗って海を越えて来た火山灰が日本の北部にも降り積もったことを示すものです。
カルデラ湖の天池で有名、
(噴火すると、東北/北海道にも影響あり、)
Wikipediaより、
http://i46.tinypic.com/21omrfk.jpg
上空図、(このカルデラ湖はかなりでかい、)
 http://i48.tinypic.com/j61rnr.jpg
カルデラについて、
現代都市を脅かすカルデラ破局噴火のリスク評価
     日本列島では数千年に1回,全地球では数百年に1回の頻度で,文明を滅ぼすようなカルデラ破局噴火が起こる.そのリスクは1年あたりの死者数でみるとけっして小さくない.しかし,ごくまれにしか起こらない災害であるため,社会としての対応がむずかしい.(中略)

    10世紀に中国/朝鮮国境で起こった白頭山の噴火(M7.4)と3600年前にギリシャ・エーゲ海で起こったサントリニ火山の噴火(M6.8)もカルデラ破局噴火と呼んでよいだろう.それぞれ,渤海国滅亡との関係,ミノア文明衰退との関係でしばしば議論される.

     地域社会や国,そして文明までも滅ぼしてしまうカルデラ破局噴火がときに起こることを,日本の火山学者はすでに半世紀以上も前に気づいていた.松本唯一は,『九州の四つの巨大カルデラ火山』と題する英文論文を1943年に書き,どのカルデラも火砕流の大規模噴出の結果としてつくられたことを示した(Matumoto,1943)
 
カルデラ噴火は、普通の噴火とは違うと言うこと、
--->破局をもたらす、
(日本にもカルデラ火山があるのがたまにキズだが、)
こちらも参考に、 
十和田湖と白頭山- 群馬大学教育学部
 東アジアで10世紀に相次いで起こった二つの大噴火の年月日を以下で論じる.それらは十和田湖と白頭山で起きた噴火である.その後,前者を上回る規模の噴火は日本では起こっていない.後者を上回る規模の噴火も世界で起こっていない.それぞれが,日本と世界の過去2000年間で起きた最大級の噴火である. (中略)
 白頭山の10世紀噴火のマグニチュードは7.4であり,過去2000年間では,インドネシア・タンボラ火山の1815年噴火(M7.1)をしのいで,世界最大級である.
 日本列島の上に降り積もった苫小牧火山灰の厚さは5cm以下であるから,北海道・東北北部が受けた被害は軽微なものだったろう.しかし,噴火規模・噴火様式から考えて,当時の白頭山周辺地域が受けた被害は甚大であったと想像される.
10世紀の白頭山の噴火は、
M7.4クラスの地震をもたらし、過去2000年で最大級、 

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 東北大学総合学術博物

史実に残されなかった巨大噴火

白頭山が10世紀に巨大な噴火をしていることは明白な事実です。これは有史以降最大級の噴火で、古代都市ポンペイを滅ぼしたとして知られるヴェスビオ火山の噴火と比べても同じかそれ以上の噴火規模と見積もられています。しかし、10世紀といえば中国は五代中国期、朝鮮は高麗が国家としてあり、史実を記録する文化があったにも関わらず、噴火の時期や推移についての記述を一切見つけることができないのです。
■ なぜ、白頭山の10世紀巨大噴火は文献資料に残されなかったのでしょうか?
                     鶴園 裕「高麗・朝鮮から見た渤海・白頭山への関心」より
この10世紀の中国では,唐(618-907)末を経て、五代十国の変動期、すなわち、後唐(923-936)や南唐(937-975)と呼ばれる地方政権乱立の混乱期にありました。また、東北アジアでは、渤海(698-926)が滅び契丹(遼)(916-1125)が興り、東丹国が成立するという変動期にあったと考えられてます。この時期、白頭山に最も近い地域を領域支配していた国家は、契丹族が建国した遼です。しかし、契丹文字で記録された資料は少ない上に、未解読文字も多いのです。しかも、一部の漢文資料は正史の形で残されているものの、その後の女真族による金やモンゴル族による元の支配によって、10世紀当時の資料は隠滅され、あまり残されていません。
この時期、この地域で比較的安定した国家としては、新羅王国末期の後三国時代の混乱を制して朝鮮半島の中部地方を中心に成立した高麗(935-1392)ですが、10世紀初めのこの時期には東北アジアとの国境線はあいまいで、現在の中国・朝鮮の国境線よりもさらに南が高麗の支配地域でした。それゆえにこそ、先の高麗成宗10(991)年の記事では、前後の脈絡もなく女真族支配に関する一行のみが記載されています。言葉を変えて言えば、この時期、白頭山への関心は存在するものの、実効的な支配は行われていなかったと考えられます。10世紀の白頭山が大爆発を起こしたとされるこの時期には、「正史」に記録を残せるような安定した王国や政権が中国側には存在せず、仮にそのような記録が残されたとしても、文献資料としては残りにくい環境にあったようです。いわば文献資料的には東北アジアの10世紀は、ある種の資料的な空白期となっています。
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10世紀噴火の前後における白頭山周辺地域の王朝変遷史
10世紀噴火の前後における白頭山周辺地域の王朝変遷史

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