2009年8月9日日曜日

04054■「記」「紀」「ホツマ」古典の三書比較




ホツマツタエが本物かどうか、どの程度のものかは、「古事記」「日本書紀」と比較することです。
鳥居礼氏の「知られざる古代日本」より


ホツマ研究の第一歩は、三書の一字一句を厳密に比較していくことにはじまる。
内容的には、
①おおよそ三書に共通して書かれている部分
②「ホツマツタエ」にはあるが、他の二書にはない部分
③二書にはあるが、「ホツマツタエ」にはない部分
に分けることができる。
また三書に共通している部分でも、「ホツマツタエ」が、


より古い記事を残していると思われるところが多くある。
































2、比較での内容の正確さ
三書比較での内容の正確さは
一位:「ホツマツタエ
二位:「日本書紀
三位:「古事記
野」順であることが理解されるのである。

3、古事記は本居宣長が
現在は「古事記」が一般に重視されているが、じつは「古事記」が注目を浴びるようになったのは、江戸時代に国学者の本居宣長が「古事記伝」(1798)を著してからなのだ。奈良時代から江戸時代が終わるまでは、国史としての「日本書記」が、もっとも重要な書物だった。「古事記」は雑書だったのである。

4、「日本書記」のすごさ
「日本書記」のすごいところは、中国の史書をまねして漢文体、編年体(年代を記す)で書かれているが、「一書曰(あるふみにいわく)」という項目を本文のあとにつけ、各家々に伝わる似たような伝承をきわめて平等に載せているところにある。

中国という国は、昔からイデオロギー統一が徹底しており、異伝などは絶対に許されない。国史は勝者の歴史なのだ。その点わが国の「日本書紀」は「一書によれば」「一書によれば」と、異聞をたくさん載せている。この点からも、日本の歴史が東洋史的な視点からはまったく理解できないことがわかるだろう。

5、「古事記」の工夫
「古事記」は漢文に仮名を交えて書かれている点が工夫されているが、なにしろ重要な内容に欠落が多く、品格もない。日本のアイデンテテイを知る上で一番大切な部分がめちゃくちゃなのだ。日本の精神にとっての栄養素が一番少ない書物であるともいえよう。

米で言うなら、「ホツマツタエ」が玄米、「日本書紀」は八分づき、「古事記」は白米というところだ。白米が食べやすいのと同じで、読みやすいといえば読みやすい。

6、「ホツマツタエ」は宝の山
「ホツマツタエ」が、他の二書と全く異なる点は、今まで全く知られなかった、言霊、語源、歌論、宇宙論、教訓、医術、死生観、霊魂観、神事、神々の体系、など古代日本のオリジナルな考え方が宝の山のように盛り込まれている点である。
また、それらの内容は、中国の文献や、日本のあらゆる文献を総合しても、ファブリケート(でっちあげる)できるようなしろものではない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(まとめ)
・ホツマツタエは信頼おける書かどうかがわかる。
・偽書(でっちあげの書)ができるような代物ではないことがわかる。
・三書比較でそれが証明されることが理解できます。
・東北縄文文化研究会では「ホツマツタエ」を活用させていただきます。
・なにしろ、上記本文以外に、古代東北が日本で最も大事な地域であった、と解き明かていてくれています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

0 件のコメント: