2009年7月8日水曜日

03018■縄文時代の主な出来事

縄文時代の主なできごと [編集]

時期
区分
主なできごと
草創期
約13000年前

約10000年前
気候環境この期の初め頃は日本列島が大陸から離れる直前であったと推測されている。晩氷期の気候は、短期間に寒・暖がおこり、厳しい環境変化であった。温暖化が進行し、氷河が溶けて海水面が上昇し、海が陸地に進入してきた。「海進」という。
生活
住居
環境の変化に伴い貝類や魚類が新しい食糧資源になった。狩猟の獲物は、ゾウ野牛の大型哺乳動物からシカイノシシの中・小哺乳動物に変わっていった。竪穴住居址からサケの顎骨発見。小型の骨製U字型釣針。
石器局部磨製石斧がつくられる。呪術的なものか? 槍・弓矢の製作・使用。
土器隆起線文系土器・爪形文系土器・押縄文系土器(多縄文系土器)女性像を線刻した小礫つくられる。
貝塚
早期
約10000年前

6000年前
気候環境日本列島が完全に大陸から離れて島国となっていた。そして、はじめの頃は、現在よりも気温2度ほど低く、海水面も30メートルほど低かった。その後、海水面の高さが戻る。
生活
住居
数個の竪穴住居で一集落を構成する。組み合わせ式釣り針。ドングリクルミなどの堅果類を植林栽培する初歩的農法が確立し、食糧資源となっていた。狩猟では、大型の哺乳動物に変わって、シカやイノシシなどの中・小型哺乳動物が中心となった。狩猟道具として弓矢が急速に普及した。
石器網用の土錘・石錘。ヤス、銛。堅果植物を叩いたり、砕いたり、すりつぶしたりするための石皿や磨製の石なども使用されていた。
土器圧煮炊き用の土器の出現が旧石器時代の生活を変えた。縄文・撚糸文の尖底土器がつくられた。夏島貝塚から撚糸文系土器、貝殻沈線文系土器、貝殻条痕文系土器という早期から終末までの土器が層位的に出土した。小型の土偶がつくられる。
貝塚貝塚は、この時期の前半には、海が進入して出来た海岸地域につくられていた。貝塚はヤマトシジミが主体であった。狩猟とともに漁労が活発化した。最古級の神奈川県横須賀市夏島貝塚、千葉県香取郡神崎町西之城貝塚。押型文土器期に属する愛知県知多郡南知多町先刈(まずかり)貝塚は海面下13メートルの深さから発見された。人口2万100人。を人と一緒に埋葬。屈葬
前期
約6000年

5000年前
環境気候温暖で海面・気温上昇(縄文海進、海水面4~5メートル高くなる)のため、現在の内陸部に貝塚つくられる。常緑照葉樹落葉照葉樹
住居竪穴住居が広場を囲んで集落をつくる。湖沼の発達により丸木船がつくられる。漁労活動開始。
石器木器・土器・櫛・黒曜石などに漆を塗ることが始まる。環状列石がつくられる。
土器この期を境に土器の数量は一気に増加し、形や機能も多様化し、平底土器が一般化する。土器は羽状縄文を施した繊維土器が盛んに作られる(→関山式黒浜式)。
遺跡耳飾り・勾玉・管玉などの装身具がつくられる。立石列(りつせきれつ)環状石籬。貝塚。人口10万5500人。
中期
約5000年

4000年前
環境
生活
住居
集落の規模が大きくなる植林農法の種類もドングリより食べやすいクリに変わり大規模化する。
石器海岸線ほぼ現在に近くなる。大型貝塚形成。
土器石棒土偶などの呪物が盛んにつくられる。石柱祭壇。抜歯の風習が始まる。気温低下始める。立体的文様のある大型土器が流行する。
遺跡貝塚。人口26万1300人。
後期
約4000年

3000年前
環境
生活
住居
大型貝塚。内陸地域にも貝塚が出来ていた。製塩専業集団、塩媒介集団、塩消費集団。伸展葬。交易目的の漁労民発生。
石器大湯環状列石ストーンサークル)、東北地方に集中。
土器村の一角に土器塚が出来る。製塩土器
遺跡ウッドサークル(巨大木柱遺跡)。敷石住居址。人口16万300人。
晩期
約3000年

2300年前
環境気温2度前後低下。海面も低下。漁労活動壊滅的打撃受ける。
生活
住居
木製の太刀。頭部外科手術か?漁労の網。東北の太平洋側に銛漁開花。
石器北九州・近畿でも縄文水田。
土器夜臼式土器。
遺跡貝塚。人口7万5800人。

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(まとめ)
・「大湯ストーンサークル」は縄文後期(4,000年前)
・わが秋田の「児桜貝塚跡」は縄文前期(6,000年前)

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