2009年7月18日土曜日

01209■縄文北極星(ペンタさん)



古代ペンタクロス文化さんからです。

縄文北極星「天帝」のお話
         
★こぐま座β星「天帝」が極点離角4.5度内に落ち着くBC1700年頃に、中国では「」が興ります。そして4.5度外に去るBC300年頃は「戦国時代」の真っ最中、そして「秦・始皇帝」の登場です。またβに変わりαがこの4.5度に入り込む7世紀には「大唐」が興ります。不思議ですね。

★このの直前、に使者を送った「天多利思北孤アメノタリシホコ」(聖徳太子?
)は、「以天為兄、以日為弟」の後に「私は夜だけ仕事をして、昼間は弟に委ねる」()としています。名前からしても北極星ですね。

縄文北極星と北緯









★最後に「大国主命」。縄文晩期の日本海沿岸を制したとされていますが、縄文遺物は遠くロシア・沿海州にまで帆を運んだことを物語っています。(日本海交流

★さて日本海沿岸航海では明るい時間に岸を見ながら進めば良いのですが、ロシアへの北渡海となると「夜間航海術」も要求されます。ここでの船位置確認は「」しかありません。しかもここは北上なので「緯度確認」が重要です。をご覧ください。北極星は「緯度表示星」でもあります。船が揺れても水平線上の星との関係を把握していればOK、北を目指してあとどの程度進めばよいのかが解ります。

縄文北極星は、大国主命にとって「繁栄を導く
」だったことでしょう。☆出雲大社は(多分)これを拝します。


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(まとめ)

・大国主命はスサノオの子で出雲の神様ですね。その大国主命はのちに津軽の岩木山に追放されるのです。津軽において素晴らしい国づくりをして、また復権しています。だから日本海交流はお手のもの・・・。
岩木山神社は顕国魂命(うつしくにたまのみこと)=大国主命=オオナムチが岩木山に降臨したとなっている。これが上記のことです。降臨とは空から降ってくるのではなく、お国替えとなったことです。
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